マーク・フィッシャー先生

故 マーク・フィッシャー先生

お元気なうちにお会いしたかったなーと思う人がいる。会えるわけがないのだけど、一度でいいからその声を聞き、その姿をこの目で見てみたかった。話せるわけがないけれど、お話してみたかった。そういう人。松下幸之助、ピーター・ドラッカー、安岡正篤、勝海舟。なんとか一度お目にかかりたかったと思う。絶対無理だけど。ドラッカー先生以外は、私が社会人になる前に亡くなってしまっている。安岡先生は私の就職の年に亡くなられた。

マーク・フィッシャー先生も、どうにかしてお会いする方法はないだろうかとずーっと考えてきた。一時期は、舞台美術やステージデザインに携わったものとしては、神様のような方だ。それがもう、永遠にお会いすることができなくなってしまったのだ。今年、6月25日にロンドンで死去されたのだという。昨日同業の後輩と飲んでいて聞かされた。それを聞いて本当にがっくり来た。

ピンク・フロイド、ザ・ローリング・ストーンズ、U2、日本ではユーミンのステージを手がけ、巨大施設で度肝を抜くような空間を設計した。北京オリンピックのオープニングも携われたそうだ。とにかくその空間設計の発想が半端なくでかい。ものすごくユニークである。スケールの大きなファンタジーを目の前に、実物として出現させるマジック。そういう持ち味を持った天才だったと思う。

フィッシャー先生の死去に関する記事に、ザ・ローリング・ストーンズの追悼コメントが載っていた。「僕らはみんな、彼のドライなユーモアのセンス、物事に動じない姿勢が大好きだった」という。素晴らしいなあ。この「物事に動じない」というのは、ショービジネスでのステージデザインに関わる人間にとってはとても大事なことだ。

僕などは、ほんのちいさなテレビセットのデザインをした時ですら、撮影本番の前日は、お腹が痛くなってくるようだった。心配してもきりがないのだが、あの色はどのようになったのか、壁紙の質感はあっていたのか、天井は低すぎなかったのか、小道具はちゃんとはいるのか、みんなに笑われないだろうか。チキンハートの僕の頭上には、際限の無い「不安要素」リストが列をなして回っているのだった。

それが、ザ・ローリング・ストーンズのばかでかいステージを担当するとしたら、どうだろう。もう心臓がいくつあったって足りないだろう。柔な心臓ならゲネプロ前に、みんな破裂してしまう。それを、いくつもいくつもこなして、世界的な賞賛をうけてきた。度胸のすわった人だったのだろう。

ジャンルは違うが、イチローのようなスポーツ選手でも、大記録を残す人はメンタルのコントロールがぜんぜん違う。しずかにたたずむ湖の水のようでありながら、巨大なエネルギーを秘めて、来たるべき勝負を見据えている。そんな感じかしら。世界的な規模のイベントを成し遂げる人。東京オリンピックでは、そういう大きな才能がたくさん花開くのだろうか。

マーク・フィッシャー先生と比べたら、足下にも及ばない私だが、なにか少しでも先生の仕事から吸収し、一歩でも近づくことは出来ないものか。いまもそう思う。この肖像画は、モノクロのポートレイトを参考に描いた。フィッシャー先生が指でつまんでいる星が気になる。なんだか「この星を目印にして行ってごらん」と言っているようにも思える。

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