ドーナツの分け前


ドーナツというものは、小麦に卵や砂糖などをまぜた「ドウ」を油で揚げて「ナッツ」を乗せたものが起源だとか。「ナッツ」が無いときに、仕方なく穴を開けたのが、ドーナツの穴のはじまり。こんな話がいろいろと残っているのだそうだが、真相はわからない。

ただ、こうしてタリーズコーヒーで、300円も払えば、日本でもおいしいドーナツをいただくことができる。嬉しいことである。これでもし、ドーナツの製法についての特許が申請されていて、どこかで「純正ドーナツ製法保存協会」のような団体が、権利料を徴収していたとしたらそうはいかなかったかも。

僕がドーナツをひとつ食べるたびに、50円ほどの「製法使用料」を支払い、その50円は、どこかの権利者のもとへ届けられる。かくしてドーナツは、少しだけ高級な食品となり、特別な日に食べるデザートの仲間入りをする。

今年は、ビートルズのレコードがアメリカで発売されて50年めにあたる。1963年、イギリスの4人の若者は、その巨大音楽市場をあっというまに席巻した。

ちょうどその頃に、彼らの生み出した巨大な富についての「分配」の契約が取り交わされようとしていた。日本人の僕にはまったく理解不能なほど、複雑で分厚い契約書が作られて、おおきなおおきなアップルパイが、切り分けられて関係者に配分されていった。

このプロセスについては、当のビートルズをはじめ、彼らを世に出した関係者諸氏、それぞれの立場での記録があり、さまざまな評論家が本にしていると思う。最初の頃は、レコード一枚あたり、ほんの少しの印税しかもらえなかった、ビートルズメンバーの話は有名だけど、これ以外にも、びっくりするような話がたくさん語られていて、まさに「藪の中」という感がある。

僕が最も同情し、シンパシーを感じるのは、プロデューサーのジョージ・マーチンの話だ。彼と、ブライアン・エプスタインがいなければ、ビートルズはそもそも世に出なかったと言われるほどの人物。ビートルズの立役者、育ての親と言われる彼は、音楽著作権や、レコードの売り上げの印税などについて、ほとんどの権利を持っていないという。

EMIの契約プロデューサーであったころ、レコードの売り上げの「分け前」をもらうようにするチャンスはあった。しかし、清廉なるジョージは、EMIで働いている立場上それは受け取れないということで、遠慮したそうだ。この時、彼は将来手にするはずだった、何億円もの収入を棒に振ったことになる。

さらにEMIは彼に追い打ちをかける。その後の彼との契約について、なんの積み上げも報償も、ねぎらいの言葉もなく、あくまでドライな契約条件ばかりをつきつけたという。しかも儲けの大部分を横取り。(☆1)結局、ジョージ・マーチンはこの直後にEMIと袂を分かち、独自のスタジオ設立に動くことになる。

このことを回想して「なんの後悔もない」と語る、ジョージ・マーチン。彼にとって最大の報酬とは、ビートルズとともに、世界最高の音楽を創ったというそのことであったから。

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☆1:EMIの立場からすれば、「ジョージ・マーチンもビートルズも、EMIのスタジオがあったから仕事ができた。特にジョージは、われわれに雇われていただけのことだ」という風に考えることができるんだよね。おそらく。

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