モラルハザード

先日、JDC(ジャパン・デジタルコンテンツ)信託の「信託免許取り消し」について感想を書いた。

その後、ある記事を思い出したぞ。10日前の9月7日日経朝刊に、ファンドマネージャーのモラルハザード行為についての解説が載っていた。これは、今回のJDC信託の件とは無関係ではある。しかし思い出したついでのメモとして、ならべて書いておきたい。ところで、こういうのはまさに「経済学的」な分析だなあ、と思いますね。

ファンドマネージャーは、顧客の資産を運営してそれが成功すれば、巨額の報酬を受け取ることができる。しかし逆に、損失を出したからと言って、それを補填する義務はない。何億円もの資金が失われたからといって、ファンドマネージャーが受ける罰は、せいぜい「解雇」くらいのものだ。自分が損失を引き受けることはないし、もし頼まれてもそれは出来ない相談だ。失われたんだから。

すなわち、ファンドマネージャーは、損失の大半を出資者に押しつける余地を持っている

出資者というものは、通常自分では、割高のものは購入しない。自分の持っている資金の価値に比べて「価値が割高の物件」を購入する理由は存在しない。別の言い方をすれば、損を承知の賭けはしないはずだ。

ところが、ファンドマネージャー側には、これをやる理由がある。危ない取引であっても、少しでも「価値がふくれあがる」可能性さえあれば、割高の物件を購入する理由はあるのだ。物件の価値が、万が一にでも膨れあがりさえすれば、その報酬は巨大だ。膨れあがらなかったら、負債だけ出資者に返せばいいのだ。「残念ながらダメでした」と一言添えるのを忘れずに。

「バブル」という経済用語は「資産価値のファンダメンタル価値からの乖離」を意味するそうだ。資産価値が、ファンダメンタル価値と比べて、大きく膨らんでも、小さく縮んでも、ファンドマネージャーにとっては「人ごと」で、出資者本人にとっては「自分のこと」。大きく膨らめば、両者に利益がある。小さくなった場合は後者のみが損害をこうむる。

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映画ファンドの仕組みと、一般ファンドのメカニズムとを比べてみよう。
言い換えれば、映画プロデューサーと、ファンドマネージャーの立場を比べてみることになるか。

出資者から資金を集め、それを「映画製作とその興行」につぎ込む。興行成績も良く、DVDの売り上げや、海外への販売が順調であれば、集められた資金は「膨らんだ利益」として、出資者のもとへ還元される。ここまでは、通常のファンドと同じ。映画プロデューサーも、出資者にも利益がもたらされる。そして、この成功パターンの場合、その利益は「次回作」への資金として、再度、映画へとつぎこまれることになるであろう。

次にもし「映画の製作とその興行」が、失敗に終わったらどうなるのか考えてみる。映画が駄作であった場合、あるいは映画自体は名作でも、広告宣伝など何かの問題で、興業収益が上がらなかったとする。この場合は、集められた資金は、残念ながらどこかへ消えてしまう結果になる。そして映画プロデューサーの身の上に、大変なことがおこる。詳しくは知らないのだが「出資者」への返済に追われる。次回作への道が絶たれる。信用されなくなる。これはつらい事態だ。

それに比べて「ファンド会社からの解雇」で済まされるファンドマネージャーは、楽なものといえるかもしれない。現にいまも、巨額負債を生み出して倒産した証券会社のトレーダーたちは、その才能を買われて次の証券会社に活躍の場を見いだしつつあるらしい。ファンドマネージャーたちも同じだろう。ひとつのファンドが失敗しても、次のファンドがある。


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