日本ではどこに行きますか
先日、引退を発表した琴欧洲。引退のインタビューで、これまで一番良かったことは、と聞かれて、「日本に来たこと」と答えてくれた。奥様も日本人で、日本が大好きになってくれたんですね。きっと彼は、本当の意味で日本の良さ、日本人の素晴らしさを知ってくれたんだな。
いまは卒業のシーズン。大学では、お子さんの卒業式に参加するために親御さんが来日されることがある。こうしたお客様との会話で、つい僕は「日本ではどこに行きますか? 京都ですか」とか「北海道もいいですよ」などと、決まりきった観光地の名前を並べてみたりする。我ながらワンパターンで能のない会話。もう少し、日本の本当の良さについて紹介する、気の利いた話はできないのかしら。
日本人自身が日本を知らない。日本に興味がない。中学校の修学旅行では、京都へ行ってもクレープの店や芸能人の経営する土産屋さんへ直行。地方から東京に来る場合も、とりあえずはディズニーランド。海外からの観光客にしても、まずはアキハバラ、スカイツリー、ディズニーランドが優先となることも多いようだ。
「怪談」という名作を残した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。日本には横浜から上陸した。でも英語教員として過ごしたのは松江であり、日本での印象をまとめた大作「日本の面影」を完成させたのは熊本だ。日本海に面する街道をめぐり、古代の伝説の残る神々の国をたずねた。松江の武家屋敷に武士の娘と結婚して住んだ。屋敷の庭に訪れる、虫たちや動物たちを観察しし、日本の精霊たちと交流した。
小泉八雲は、日本の神道や仏教の世界に心酔した。それは彼が、古い因習としてのキリスト教を嫌っていたことの裏返しでもあったらしい。しかし、はじめて日本を訪れた、ひとりの外国人として、彼の目に映ったものは彼をたちまち虜にするだけの美しさ純粋さを持っていたようだ。それは、もう僕たちが見失ってしまったもの、どこかに行ってしまったものたちなのかもしれない。