日記の人生



入院している間も、まじめに日記をつけていた。いろいろとこまごまと書いた。だから、入院中の思い出が、沢山残った。いや、入院する以前から日記はつけていたのだ。「DayOne」というアプリがあって、好きな時に好きなだけ書き込める。この3年間ほど、そのアプリにのせられる形で書き続けている。

横尾忠則氏の著書「絵画の向こう側・ぼくの内側」に、日記についての面白い話がある。横尾氏はなんと40年以上も毎日日記をつけ続けているという。やはり、40年前に大病をしたのがきっかけとか。それだけ日記を書き続けていると、日記と人生の間にある種の化学反応のようなものが起きるらしい。内容の良い日記を書くために、より活発で能動的な人生の活動をする。そういうことが起きるらしい。

Facebookも、同じことかな。一日の終わりに、書き込んで知人に読んでもらうため、ちょっとだけ背伸びした一日を送る。その一日を写真におさめる。ちょっと贅沢なご飯をたべる。ご飯の写真をのせる。

嵐の大野君も、長い間、かかさず日記をつけていると聞いた。しかもその日記のつけかたがとてもいいなと思った。曰く、「どんな一日でも、どこか嬉しかったり、良かったりしたことがあるはず。日記には、そういう「良かった」と思えることだけを書く。そうすると、あとで日記を読んで振り返ったときに、素晴らしい記憶だけがよみがえるのだ。

よく「年をとるほど、時間が早く過ぎる」という話を聞く。もしかするとそれは、日記のようなものをつけないせいなのではないだろうか。日記をつけて、沢山のことを思い出すようになれば、いくつになったって、充実した長い長い時間の積み重ねを感じることができるのではないだろうか。


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