いんなーとりっぷ


「一人で行く商業施設はどこか?」という興味深い調査結果が出た。*  意外なことに、家電量販店をおさえ、都内最大の書店八重洲ブックセンターが第一位となった。その調査によれば、店内での滞在時間も長く、「3時間未満」が45%と「1時間未満」の54%に迫った。活字離れといわれる昨今、なんとなく嬉しい話だ。しかしこうして書店で時間を過ごすのは、やはり50歳代以上が最も多いということだ。

熟年の皆さんは、一人でこの大型書店での本選びをじっくりと楽しんでいるんですね。書籍と遊ぶ。まさに「いんなーとりっぷ **」です。

ところで私達は、なぜ本を読みあさることを楽しむのだろうか。それは私達人間が、文字による世界を持つ動物だからだよね。文字によって人間は、広大なる概念の宇宙に遊ぶことが出来るようになったんだ。八重洲ブックセンターという閉じられた空間にいても、私の心は旅の空。書棚から一冊引き出してページを開くたびに、私は違う何処かの、違う誰かと会いに行くことが出来る。

ネット社会が私達にもたらした世界。それは、あっという間に、八重洲ブックセンターを越えてしまったように見える。iTunesでは、どんな書籍にでも出会うことができるようになるだろう。おそらくアマゾンも、現在の配送流通網を広げるとともに、電子書籍にもビジネスを拡大することだろう。間もなくネット空間には、限りなくリアルタイムな巨大電子ストアが出現する。

しかしちょっと待って。確かに電子書籍の世界は広大で高速アクセスが可能。でも何か大事なことがすっとばされてはいないだろうか?ミュージック・ダウンロードや、ブックマークされたネットの世界は、要するに「いいとこどり」だ。過去に作品をものにした作家の苦労のプロセスを無視して、ツィッターやブログの情報をたよりに「おいしいところ」ばかりを渉猟して歩いていて、本の持つ本当の面白さがわかるのだろうか?

ツィッターやブログ、SNSサイトでは、現代に生きる同世代人との会話が可能だ。しかし、読書の本当の醍醐味とは、過去に生きた人々との対話なのだ。かつて真剣に人生と向き合った人々が残した言葉。それに出会うことこそ読書の神髄なのだ。人生に悩み、運命と闘った人々の赤裸々な記録に向き合い、彼らと一対一で話しを聞く楽しみこそが読書ではないだろうか。松尾芭蕉先生とだって勝海舟先生とも対話が出来る。吉田松陰先生の声を聞くことだってできるんだぜ!

- - - - - - - - - - - - -

今年の8/13、日経新聞に掲載された調査です。
** inner trip:そのむかし、はやったフレーズ!

- - - - - - - - - - - - -

人物の出現は百年後

勝海舟晩年の談話をまとめた「氷川清話」には、幕末明治維新の群像について語った実話や、天下を動かすほどの人物について語った「人物論」が納められている。その冒頭の「天下にこの人あり」から。

全体大きな人物といふものは、そんなに早く現れるものではないヨ。通例は百年の後だ。今一層大きい人物になると、二百年か三百年の後だ。それも現れるといったところで、今のように自叙伝の力や、何かによって現れるのではない。二、三百年も経つと、ちゃうどそれくらい大きい人物が、再び出るぢゃ。

其奴が後先のことを考へて見て居るうちに、二、三百年前に、ちゃうど自分の意見と同じ意見を持って居た人を見出すぢゃ。(中略)これは感心な人物だと、騒ぎ出すやうになって、それで世に知れて来るのだヨ。知己を千載の下(せんざいのもと)に待つというのは、この事サ。今の人間はどうだ、そんな奴は、一人も居るまいがノ。今の事は今知れて、今の人に賞められなくては、承知しないという尻の孔の小さい奴ばかりだらう。

勝海舟「氷川清話」より

Popular posts in Avokadia

レイチェル・リンド

九方皐

クリングゾルの最後の夏