勝敗の念を度外に置く
精神上の作用を悟了
一たび勝たんとすると急なる。忽(たちま)ち頭熱し胸躍り、措置かへって顚倒(てんとう)し、進退度を失するの患(うれい)を免れることは出来ない。もし或は遁れて防禦の地位に立たんと欲す、忽ち退縮の気を生じ来たりて相手に乗ぜられる。事、大小となくこの規則に支配せらるのだ。
「おれはこの人間精神上の作用を悟了して、いつもまづ勝敗の念を度外に置き、虚心坦懐、事変に処した。それで小にして刺客、乱暴人の厄を免れ、大にして瓦解前後の難局に処して、綽々として余地を有(たも)った。これ畢竟、剣術と禅学の二道より得来(きた)った賜であった」。
維新前夜の日本は、国中が争乱状態であり、いわば現代における「テロ戦争」が国内で起きている内戦状態に近かった。勝海舟は、国家の大事を背負い、敵方からも味方からも、大変な期待とプレッシャーを受けながらの大任を果たし、近代国家としての日本の礎を作り上げた。その人生は、日常的な戦いの連続であり、精神の鍛錬なしには生き残ることは出来ないような、危険との隣り合わせでああった。現代に生きる我々の日常には、さすがに命をつけ狙われるような危険はないかもしれない。しかし、社会で起きているものごとや、人間関係の裏側には、むしろ精神面そのものの危機が潜んでいる。
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