ワレイマダモッケイタリエズ
昭和の名力士、双葉山は69連勝の大記録を作ったのち敗れた。70勝を賭けた大勝負に敗れた夜に、双葉山が尊敬する先輩にあてて打った電報の文字が「ワレイマダモッケイタリエズ」だ。「モッケイ」とは「木鶏」、つまり木でできたつくりもののニワトリのことだ。「自分はまだ木鶏のようになれない」という言葉には、双葉山のどんな気持ちがこめられていたのだろうか。
木鶏の逸話は、「荘子」外篇・達生と、「列子」黄帝篇で語られている。闘鶏でつかう鶏を鍛える話だ。相手の鶏が出てきて興奮したり、カラ元気を出したりするようでは強い闘鶏にはならない。どんなに相手が挑発してこようとも、まるで木鶏のように、相手のことなどにかまわず平気にしている。そうまでなれば、どんな鶏でも応戦するものなんかなくなり、相手はみな恐れて退却するようになる。双葉山は、道場に木鶏の扁額を掲げて、ひそかにこの木鶏の工夫を積んでいた。[*1]
双葉山は69連勝までの記録を残し、名横綱としての名を不動のものとしても「自分はまだまだ修行の途中である」と語っているのだ。なんという向上心、成長を願う強い意志。
強い力士には「心の工夫」がある。命を賭けた決闘に向かう武士。先物取引市場での巨額取引に身を投じるトレーダー。難手術に挑戦する心臓外科医。こうした仕事では一瞬の判断ミスが命取りとなる。瞬間的重要な判断を行う仕事には、相撲取りと同様に「木鶏のような心」が必要。