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5月 2, 2010の投稿を表示しています

つないだら大変

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たまたま早く目が覚めた5月7日の4時、NHKニュースは、ニューヨーク証券取引所での株式の大幅下落をトップで伝えていました。「一時は999ドルもの下げ幅を記録」というアナウンサーの言葉がシュールすぎて、まだ夢を見ているのかと思ったくらい。案の定翌日の8日には、この騒ぎは「リーマンショックを上回る連鎖株安」となって、世界規模の金融市場を揺るがしています。

ギリシャの財政破綻に対して、EUがユーロ圏防御の基金設立を決めたとたんにこの騒ぎです。欧州当局が対策を打ち出すごとに、ユーロが売り込まれるというのは皮肉です。ギリシャが危ないという噂が危機感をあおり、ヨーロッパ連合が一週遅れのギリシャ支援の対策を取る。そこでまた、ギリシャの新たな財政問題が露呈する。そしてまたユーロが崩れる。という完全な悪循環になっていて、そこをヘッジファンドがねらい済ましたように売りを掛けるのですね。

まだ真相はわかりませんが、4日に米証券取引委員会は、ゴールドマン・サックスが株券を手当てしないまま投資家の空売り注文(裸売り)をしていたと指摘しました。また今回の騒ぎでも、NHKが報じているように、シティグループのトレーダーが、一部銘柄で「ミリオン(100万)」単位で注文を出すところを「ビリオン(10億)」単位で出してしまったとか言う噂もあります。ファンドが一斉に売りを掛けている状況が、こうしたトレーダーの焦りまくった行為に出ているような気がします。

小学校でやった実験を覚えていますか。2つのビーカーにそれぞれ違う高さまで水を入れておく。はじめはバラバラだった水位ですが、底をチューブでつなぐと... みんな同じになっちゃうんですよね。えっ?あたりまえ。そうどちらも同じ大気圧にさらされているんだから。でも、チューブを指でつまんでおけば、水位は違ったまま。チューブが通じたから水位に変化が生じる。

金融経済は本当に不思議ですね。このビーカーの水にたとえると、金融の世界では、この水がいったりきたりするたびに誰かが儲けたり損をするのです。たかが同じ水なんだけど、水位が上がって儲かる人もいれば、下がって儲かるひともいるんですね。みんなどっちかに掛けているのですから。ビーカーの水のように、はじめから水の動きが分かっていれば話は簡単なのですが、ふつうは先が予想できない複雑怪奇な取り決めで、大金を掛けた勝負をやっている…

さすがはギリシャ

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登り坂も下り坂も同じ一つの坂

ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉だと伝えられています。(この絵は、ラファエロの名作「アテナイの学童」で、ヘラクレイトスに扮するミケランジェロ)ヘラクレイトスさんのおっしゃるように、坂というものは、下るときは楽なもんだけど、登るのは大変なもの。あるいは全く逆に言えば、坂というのは、転げ落ちるときは大変だけど、いつかは上り坂につながるもの。

連日、急な坂を転げ落ちるように下落を続ける、世界の株式市場。その震源地であるギリシャについても、現地発レポートが目立つようになってきた。中学校の先生方が、解雇を不服としてテレビ番組をジャックするくらいだから、さすがのギリシャも相当深刻になっているのかな。

時事ドットコムにある、4月時点でのギリシャ・アテネ市内のレポート。この現地リポート「債務危機・そこに生きる人々」によると「この国がデフォルト(債務不履行)を取り沙汰されるほどの危機に陥っているとはとても思えない。4月なのに日に焼けてしまうほど強い日差しの下、街角のカフェや観光地は人であふれ、南欧らしいのんびりムードが漂う。道端では犬が、あまりに無防備な姿で昼寝していた」ということ。日本なんかよりもよっぽど余裕じゃん。写真を見ると、いい年したおじさん達が昼間から、カフェで音楽聴いてるし。
いいなあ。
さすがは、人類最古の文明を誇るギリシャです。このレポートにもあるように「どこからどこまでが遺跡なのかわからない」くらい、長い歴史をくぐり抜けてきたこの国、「リーマン・ショックなんて、ペルシア戦争の時や、十字軍の侵入で国が崩壊しかけた時にくらべたら、蚊がとまったようなもの」なんていうところかな。いやいやさすがです。
ドイツやオーストリアなどの、真面目で冗談の通じない国々では(いや、ほんとに冗談じゃない)、ユーロ圏を分割して「北部同盟だけの通貨同盟」を提唱する動きもあるといいます。ほんと、そのほうがいいんじゃないですか。やはり、エーゲ海に面した国々と、北の厳しい自然と闘っているど真面目な国とが、通過を統一して、経済圏をつないではまずいんじゃないでしょうかね。経済というものは、不均衡な状態が均衡へと動いていく、そこに商機を求めるもの。財政状態や政策のバラバラな国々をひとつの通貨圏にまとめてしまったら、それは金融トレーダーの格好の標的になってしまうんですね。
「アテナイ…

放蕩かっぽれ節

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前回につづいて、「山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品-ボックス」について書く。このDVDボックスのタイトルに明記されているのは「山田洋次=脚本」と「渥美清=主演」という要素なのだが、収録されている4作品には、制作スタッフの顔ぶれ、出演者、演出テーマなど、共通する点がたくさんある。4作品とは、「あにいもうと」1972年、「放蕩一代息子」(1973年)、「放蕩かっぽれ節」(1978年)、「伜(せがれ)」(1979年)のいずれも名作ドラマだ。

TBSの東芝日曜劇場(当時)のシリーズなので、当然なのだけれども、プロデューサー=石井ふく子さんを筆頭に、演出=宮武昭夫、脚本=山田洋次、主演=渥美清というメンバーが、いずれの作品にも参加。俳優陣には、倍賞千恵子、奈良岡朋子、志村喬、宮口精二に加えて、桜井せんり、犬塚弘など、往年のバイプレイヤーもいる。そして、あの太宰久雄。このメンバーは、実に「男はつらいよ」の順レギュラーか、ゲスト俳優格の方々ばかり。

テレビ黄金期のこの時代、TBSに集まった、珠玉の制作スタッフと俳優陣。そして山田洋次さんが脚本家として作り出す、人間への愛情あふれる世界観。まさに良質の「テレビドラマ」という原型がここに完成しているように思える。しかし残念なことに、ここで石井ふく子さんと山田洋次さんがまとめあげた、良質のコンテンツ制作母体は、その活躍の舞台を映画へと移していくのだ。その後、テレビは「トレンディードラマ」や「サスペンス劇場」といった、現代の金銭と物質に溢れかえった世相に同調するだけのメディアへと変貌していく。安心して、良質のドラマを見るという習慣は、視聴者の方も失っていくのだろう。

「放蕩かっぽれ節」(1978年)は、「放蕩一代息子」の翻案で、主人公「徳三郎」のキャラクター造形は同一だ。こちらも長屋ものの古典落語「らくだ」を下敷きにしたもの。後半になって、やくざの半次が、急に泣き上戸になったり、徳三郎にせかされて棺桶を担がされるなど、シュールで意外な展開もあるけれど、基本は落語の世界がベースにある。貧乏長屋でつつましく身を寄せ合って暮らす、江戸庶民への優しいまなざしが、山田脚本の基本にある。

そして、この作品で最も重要な存在が、放蕩息子とヤクザ。どちらも一般常識や社会的価値観とは無縁の人間。社会と完全にズレきっている放蕩息子の徳三郎や、実は…

放蕩一代息子

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ホームドラマの黄金時代を築いた、石井ふく子さんの業績を調べているうちに、「山田洋次×渥美清 TBS日曜劇場傑作選 4作品-ボックス」という、とんでもないDVDを見つけました。

収録の4作品は、いずれもTBSの「日曜劇場」の枠で、70年代に放送されたもの。時代の勢いというものを感じますが、それとともに、テレビ番組の制作側の人々の矜持というものが画面に溢れている。また、渥美清さんをはじめ、出演者陣の珠玉の演技が素晴らしい。これならこの時代、視聴者が夢中でテレビを観ていたのは、ある意味で当然だったのかも。

さてまずは「放蕩一代息子」(1973年)です。一見して、下敷きにしているストーリーはおそらく、落語でいう「唐茄子屋政談」かと思う。吉原通いの道楽がすぎた若旦那の「徳」が、ついに親に勘当されて乞食となる。そして極限の苦労の果てに、なんとか真人間に戻るという話です。だめな「徳」をはげましたり、怒鳴り倒したりする、叔父さん叔母さんや周囲の人々の人情が、泣かせてくれる名作落語。(よかったらこちらを

そう思いこんで、この「放蕩一代息子」を見ていると、どうも様子がおかしいぞ。道楽者の徳三郎(渥美清)が、清兵衛(志村喬)に勘当されるところまでは一緒なのだけれども、こちらの「徳」は、金がなかろうが、食い物がなかろうが、平気の平左右衛門。むしろ、乞食仲間や、精神喪失の乞食女(奈良岡朋子)と一緒になって、まるで「上流貴族」のような気分で暮らしている。妹のせつ(倍賞千恵子)が、どんなに心配しようとも、どこ吹く風と、乞食生活を堪能している。浮き世から捨てられても全く平気。

エンディングでこのドラマは、観客に、こう語りかる。「乞食に身をやつしながらも満ち足りていた徳三郎と、まじめ一筋で店の心配ばかりしていた清兵衛と、どちらが幸せだったのだろうか?」脚本担当の、山田洋次さんは、このドラマにどんなメッセージを込めようとしたのか。普通ならば「この道楽者!」と怒鳴り倒されるはずの徳三郎を、あえて擁護するようなストーリーを、なぜ書いたのだろうか?

考えてみました。うん。おそらく、こういうことではないでしょうか。

江戸時代の話であれば「遊んでばかりいたら、お天道さまに申し訳ないよ!」という教訓が必須だった。江戸時代にはおそらく、みんな適当に遊んでいたから。しかし、このドラマが放送された70年代は、日本中…

オリオン座

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美しいなー。スピッツァー宇宙望遠鏡がとらえた「オリオン大星雲」の赤外線写真です。
(photo:  Spitzer image of the Orion nebula in the infrared overlaid with XMM-Newton X-ray data in blue. NASA)

2010年4月6日このオリオン大星雲が発する「右巻きの円偏光」について、大変興味深いニュースが報じられました。国立天文台のメンバーをはじめとする日英豪米による研究グループが発表した「オリオン大星雲が発する円偏光」についての研究成果の発表です。

人間を含めて、生命体を構成している「アミノ酸」は立体構造を持っています。そしてそれらは、L型(左型)とD型(右型)に分類されている。試験管の中でつくられるアミノ酸には、その両方が均等に存在します。

ところが、地球上の生命を構成するたんぱく質はアミノ酸から構成されているが、ほとんどが左型になっているのです。なぜなのでしょうか?この謎を解き明かすことによって「地球上の生命の起源」についての知ることが出来るのではないか。そのように言われています。ちなみに、宇宙から飛来する隕石から採集されたアミノ酸には「右巻きと左巻き」両方があるのです。

国立天文台の研究グループは、円偏光をとらえる近赤外線偏光観測装置(SIRPOL円偏光モード)を開発して、オリオン座の星形成領域であるオリオン大星雲の中心部の円偏光撮像の観測を行ったところ、円偏光の広がりは太陽系の大きさのおよそ400倍以上に相当することがわかったのです。

ちなみにオリオン大星雲における「円偏光」は、ある方向に右巻きが放出され、別の方向に左巻きが放出されているのです。どちらにせよこれだけ強力な「円偏光」の光にさらされていれば、その付近のアミノ酸は、すべて「どちらか巻きだけ」になってしまうだろうということです。実に納得がいく話だと、私は思うのですが。

国立天文台・宇宙の特殊な光から地球上の生命の起源に新知見
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有機物の右巻き左巻き

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ルイ・パスツゥールは、コッホと並んで近代細菌学の開祖とされる、19世紀フランスの生化学者です。パスツゥールは若い頃に、先輩であるジャン・パブテスト・ビオーが発見していた「有機化合物における旋光性」について、さらに研究を進めて「酒石酸の性質の解明」という論文を書きました。

( Louis Pasteur photo by Gaspard-Félix Tournachon)

酒石酸というのは、ブドウその他の果物にふくまれている化合物であって、あるきまった旋光性(偏光を通すと、その偏光面が左右どちらかにまわる性質)を持っています。そればかりでなく、もう一つブドウ酸という別種の酒石酸があって、これには旋光性がないということも分かっていました。それはなぜなのか?

これに対してパスツゥールは、「分子自身の構造に何か左と右の違いがあるから」と考えて、酒石酸とブドウ酸の結晶の形について、徹底的に調べたそうです。その結果、彼が発見したのは、酒石酸の結晶を顕微鏡でよく見ると、その形は非対称であることが分かったのです。そればかりか、それらは、みな向きが同じ非対称だったのです。

これは生化学における大発見でした。なぜならば、この実験にはじまる一連の研究で、パスツゥールが発見したのは、「生命界の有機体には、大部分、旋光性があり、これに対して非生物界の物質の溶液には、まったく旋光性がない」ということだからです。つまり、非対称な分子化合物をつくるのは生物だけであって「その向きはみな同じである」ということなのです。パスツゥールは、この発見を「現在のところ無生物物質の化学と生物物質の化学との間にはっきりと引くことのできる唯一の境界線」と述べています。[*1] ____________________

[*1] 「自然界における左と右」( The New Ambidextrous Universe )
訳:坪井忠二、藤井昭彦、小島弘
第12章「いろいろな分子」より
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円偏光

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上の素晴らしいアニメーションを見て下さい。分かりやすいです。この図は「右巻き(反時計回り)」の「円偏光」の状態を表しています。たしかに野球のボールの「カーブ」に似ているかも。光というのは電磁波の一種。これは電磁場の振動が伝播に伴って円を描いて、進んでいるようすなのです。そして「円偏光」には、右巻きと左巻きの二種あるのです。野球のボールに、カーブとシュートがあるのと同じですね。
ところでこの右巻きと左巻きですが、人間の眼にはその違いを見分けることが出来ない。3D映画の「Real D」は、このことを利用しています。スクリーンには、二台のプロジェクターから右巻きの光と、左巻きの光とで、二重の映像を投影。そうしておいて、観客は特殊なメガネをかけて、右眼では右巻きの光だけ、左眼には左巻きの光だけを見るのです。(もしかしたら逆かな? でも要するに撮影時の右目用のカメラの映像が、右目に届きさえすればいいんです。)

「Real D」方式用のメガネのは利点は、製造するのが簡単なこと。フィルター面に「円偏光パターン」を印刷するだけでいいので、生産コストも低い。ひとつあたり2百円以下。一方、もっと複雑な分光を行う「Dolby 3D」方式のメガネは、一個作るのに数千円もするそうです。だから映画館でも再利用されるのです。同じ理由でメガネが安いのは「IMAX 3Dデジタル」方式。しかしこの方式には、観客が頭を傾けてしまうと、二重像が見えてしまうという問題があります。私なんか、傾けるどころか寝ころんでヨコになるもんね。そうなると、二重像どころか、右目と左目の映像が逆転!

こうしてみる限りでは、「Real D」は優れた技術のようです。さすがは最古参の技術。ソニーなども、この方式での3Dテレビの開発を計画中。しかし、なかなかどうしてそう簡単には結論は出ません。3D映画の上映方式には、このほかにも「スクリーン明るさ」「メガネの重さ」など、いろいろと判定要素があるので...

( animation by : wikimedia commons "Dave3457" )

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生物界は左巻き

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2010年4月28日・ 読売新聞記事で、逆巻きのナミコギセルガイ(体長1.2センチ)が見つかったというニュースが紹介されていました。記事によると、巻き貝は種類によって巻きの向きが決まっているため、逆巻きは非常に珍しい。発見した琵琶湖博物館では「突然変異ではないか」と話している、という内容でした。

らせん形の貝殻は、通常は左右非対称です。オウム貝は、同一平面上で巻いている形なので、右巻きとも左巻ともいえず例外ですが、いろいろな貝殻は、右巻きか左巻きのどちらかに属します。あるものは常に右巻き、あるものは常に左巻き。また、生息する地域によって、右巻きだったり左巻きだったりするものもあります。しかしなぜか右巻きであることが多いのです。

彼らがいかにして「右派」になったり「左派」になったりするのか、それについては、諸説あるようですが、確たる理由は分かっていないようです。もちろん遺伝情報として、DNAに刻まれているのでしょうが、環境による影響や、地球の自転の方向の影響(生息地が北半球か南半球か)なども、考慮にいれなければならず。なかなか難しい問題のようです。

ところで巻き貝の巻き方はどう見分けるのか? 巻き貝のとがった方を上に向けて、殻の入り口が見えるように持ったとき、殻の口が向かって右側に見えるのが右巻き、左側に見えるのが左巻きだそうです。(wikipedia:  巻き貝の項目より抜粋

( picture : The 53rd plate from Ernst Haeckel's ''Kunstformen der Natur''[1904], depicting organisms classified as Prosobranchia. )

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「円偏光」ってなに?

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いつのまにか私の研究室で「エンヘンコウ」という難しい光学の専門用語が、平気で使用されるようになりました。エヘン。漢字で「円偏光」と書きます。

しかし正直なところ、はじめて「円偏光」という言葉を聞いたときは私も「ウンン?」となったもの。理科系出身なんだけどね。研究室で「円偏光」という難しい用語が、ハバをきかせるようになったのはなぜか?それは、私の研究室のテーマでもある「3D映画」の上映技術について説明するのに不可欠だからです。特に「右目用と左目用の映像をどのように分離するか」という、とても大事なポイントを説明するときが「エンヘンコウ」君の出番なのです。

( photo : RealD社 の円偏光方式のメガネ )

「円偏光」は特に「IMAX 3D デジタル」と「Real D方式」のふたつの違いを説明するときに重要なのです。(これに加えて「ドルビー3D」との違いというさらにややこしい問題もあるけど、今はちょっと置いておきますね。)なぜならば、「IMAX 3D デジタル」が「垂直偏光フィルター」を使っているのに対して、「Real D方式」は「円偏光フィルター」を使っているということを、その違いを説明することが重要だからです。

でも、3D映画の上映技術に関する話をはじめて聞く学生クンたちに、いきなり「円偏光」とか「垂直」偏光なんて用語を使ったら、彼らはすたこらさっさと逃げていってしまいます。「垂直に対して円ということは、まっすぐなのか(つまり直球)曲がってくるのか(つまりカーブ)の違いだからカンタンだよー」なんて、いい加減なことを言っていると、そのうち自分でボケツを掘ることに。

ここには「光の性質」という、分かりそうで分からない不思議な物理学の世界が広がっているし、今話題騒然の「3D映画」や「3Dテレビ」の神髄。ちょっとだけ頑張って、光の「右巻き」と「左巻き」の問題や、映画との関係について、科学的うんちくに没頭してみたいところです。

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