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不動智神妙録

江戸前期、徳川家に兵法指南役として重用された柳生但馬宗炬。柳生一族の中興の祖ともいえる、この剣豪には、実は精神面で彼を支える師匠とも言える人物がいた。テレビドラマなどでは、宮本武蔵の指導者としても描かれる「沢庵和尚」こと澤庵宗彭(たくあん そうほう)である。(沢庵と武蔵との関係は、吉川英治氏も認めているように、根拠のない創作) この沢庵が、柳生但馬守にむけて送った書簡をまとめたものが「不動智神妙録」で、禅の教えを通じて武道の極意を説いた最初の書物であると言われる。 ____________________


とらわれた心は動けない

「不動智神妙録」には、命を賭けた勝負を前提とした、剣術師の心得となるような精神論が展開されている。ここに述べられている内容は、現代の勝負師である大相撲の力士だけでなく、日常の世界に生きるものにも、平常心を持つことの重要さ有用さを教えてくれるものである。以下「不動智神妙録」より「動かないことによって動ける」という、心のありかたに関して一部紹介する。
「不動明王とは、人の心の動かぬさま、物ごとに止まらぬことを表しているのです。何かを一目見て、心がとらわれると、いろいろな気持ちや考えが胸の中に沸き起こります。胸の中で、あれこれと思いわずらうわけです。こうして、何かにつけて心がとらわれるということは、一方では心を動かそうとしても動かないということなのです。自由自在に動かすことができないのです。

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柳生家の家伝書

限定した心を戒める「兵法家伝書」
江戸前期、徳川家康から家光の時代にかけて、幕府の剣術指南役であった、柳生但馬守宗炬(むねのり)が、柳生家のために書き残した「兵法家伝書」には、人間の日常からの心得や、生死を分ける勝負における精神の持ち方について、具体的に書き記された「戒め」が書き残されている。これは、柳生但馬守が、臨済宗の名僧、沢庵から直接学んだ教えを伝えたものでもある。以下一部引用する。
「かたんと一筋におもふも病也(やまいなり)。兵法つかはむと一筋におもふも病也。習いのたけを出さんと一筋におもふも病、かからんと一筋におもふも病也。またんとばかりおもふも病也。病をさらんと一筋に、おもひかたまりたるも病也。何事も心の一すぢに、とどまりたるを病とする也。此様々の病、皆心にあるなれば、此等の病をさって心を調る事也(ととのうことなり)」。

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勝敗の念を度外に置く

精神上の作用を悟了
一たび勝たんとすると急なる。忽(たちま)ち頭熱し胸躍り、措置かへって顚倒(てんとう)し、進退度を失するの患(うれい)を免れることは出来ない。もし或は遁れて防禦の地位に立たんと欲す、忽ち退縮の気を生じ来たりて相手に乗ぜられる。事、大小となくこの規則に支配せらるのだ。
「おれはこの人間精神上の作用を悟了して、いつもまづ勝敗の念を度外に置き、虚心坦懐、事変に処した。それで小にして刺客、乱暴人の厄を免れ、大にして瓦解前後の難局に処して、綽々として余地を有(たも)った。これ畢竟、剣術と禅学の二道より得来(きた)った賜であった」。
維新前夜の日本は、国中が争乱状態であり、いわば現代における「テロ戦争」が国内で起きている内戦状態に近かった。勝海舟は、国家の大事を背負い、敵方からも味方からも、大変な期待とプレッシャーを受けながらの大任を果たし、近代国家としての日本の礎を作り上げた。その人生は、日常的な戦いの連続であり、精神の鍛錬なしには生き残ることは出来ないような、危険との隣り合わせでああった。現代に生きる我々の日常には、さすがに命をつけ狙われるような危険はないかもしれない。しかし、社会で起きているものごとや、人間関係の裏側には、むしろ精神面そのものの危機が潜んでいる。

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ワレイマダモッケイタリエズ

昭和の名力士、双葉山は69連勝の大記録を作ったのち敗れた。70勝を賭けた大勝負に敗れた夜に、双葉山が尊敬する先輩にあてて打った電報の文字が「ワレイマダモッケイタリエズ」だ。「モッケイ」とは「木鶏」、つまり木でできたつくりもののニワトリのことだ。「自分はまだ木鶏のようになれない」という言葉には、双葉山のどんな気持ちがこめられていたのだろうか。
木鶏の逸話は、「荘子」外篇・達生と、「列子」黄帝篇で語られている。闘鶏でつかう鶏を鍛える話だ。相手の鶏が出てきて興奮したり、カラ元気を出したりするようでは強い闘鶏にはならない。どんなに相手が挑発してこようとも、まるで木鶏のように、相手のことなどにかまわず平気にしている。そうまでなれば、どんな鶏でも応戦するものなんかなくなり、相手はみな恐れて退却するようになる。双葉山は、道場に木鶏の扁額を掲げて、ひそかにこの木鶏の工夫を積んでいた。[*1]
双葉山は69連勝までの記録を残し、名横綱としての名を不動のものとしても「自分はまだまだ修行の途中である」と語っているのだ。なんという向上心、成長を願う強い意志。
強い力士には「心の工夫」がある。命を賭けた決闘に向かう武士。先物取引市場での巨額取引に身を投じるトレーダー。難手術に挑戦する心臓外科医。こうした仕事では一瞬の判断ミスが命取りとなる。瞬間的重要な判断を行う仕事には、相撲取りと同様に「木鶏のような心」が必要。