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1月 3, 2010の投稿を表示しています

心の分子

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NHK「プロフェッショナル・仕事の流儀」で、10代目・柳屋 小三治 師匠を紹介していた。平成の名人の高座での孤高の姿をとらえた素晴らしい番組だった。
番組中小三治師匠が、脳科学者の茂木健一郎氏に質問が興味深い。「稽古をして覚えた演目が、百数十はあったはずなのに、今はそのうち、数十しか覚えていない。その消えた演目はどこへいったのでしょうか?」この質問に茂木氏は、「繰り返し練習による記憶の強化」や「体で覚えたものは忘れない」といった、きわめて表面的な答えしか返せなかった。そこで、小三治師匠はこう言った。
「やはり先生は、脳の弁護をしていますね」。
名人の域にまで達する人、特に小三治師匠のように、修行僧の荒行のような稽古を繰り返している人は、脳や記憶というものを越えた、ある状態を掴もうとまでしているのかもしれない。つまり、人間の体を、電線や歯車のような部品としてではなく、ひとつの統合された何かに持って行くということ。精神というものが高まることで、機械やコンピュータを動かすのとは根本的に違う何かの状態に持って行く、そういう状態。特に今の小三治師匠のように、リュウマチに冒されている体を酷使してまで、闘っている人にとって、その何かとは、我々のような凡人とは、まるで別次元のところにあるのだろう。
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コミュニケーションの森

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「ある森にある音声の周波数は、すべての帯域が各種の生命によって埋め尽くされている」という考え方がライアル・ワトソン著「エレファントム」 の中で紹介されている。正確を期すために、以下一部引用させていただく。
「生態が安定したところでは、生物音が切れ目なく全体を満たしている。あらゆる周波数のスペクトルがきちんと埋められているので、音が一つの完全な状態を保っているのだ。それぞれの地域で、生物たちは互いに穴埋めをするように音を出している」
そして、その音のコミュニケーション全体の底辺で、長く遠くまで届く、超低周波の音域を使っていたのが象であったという。ワトソン氏は、その象が絶滅に瀕している南アメリカ大陸では、「象が占めていた重要な場所(音声帯域)には音の穴があいている」と述べる。
象たちは、それぞれの個体が、信じられないほどの広大な行動範囲を持ち、そしてお互いに遠距離の通信手段(低周波帯域の音声コミュニケーション)をしている。したがって、象がいる地域には、象社会による通信ネットワークが形成されていた。象たちは、人間社会よりもずっと早く、ワールド・ワイド・ウェブによる社会コミュニケーションを作り上げていた。
それが、象たちの信じられないような行動(ばらばらの個体が同時期に一斉に水場に集まる、離れた場所の象同士が平行線を引くように移動していく、広い地域に点在している雄と雌が、一年のある時期にだけ出会うなど)を可能としていたのだ。その素晴らしいネットワークが、いまや人間による乱獲によって分断され、消えていこうとしている。

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映画という生命体

生命は単なる分子なのか。原理的には説明できるが、おそろしいほどの複雑さで協調して働く分子なのか。それとも、さらに何かが含まれるのか。われわれにはまったくわからない。(中略)生命体は分子とそれらの相互関係にほかならないとされる可能性がある。分子の謀叛が「リア王」を想像したとすれば、それはこの世界を魅惑的なところにする可能性のあかしだからだ。 (フィリップ・ボール著「生命をみる」 p.40)
生命とは、各レベルに分かれた様々な現象が、複雑にからみあい協調しながら実現しているものだ。臓器レベルでみれば、まるで各器官が、自動車や電機製品の部品のように働いて見える。それをタンパク質レベルにまで拡大して見れば、まるで、巨大部品工場のラインのようでもある。遺伝子、DNAレベルで見れば、それは、インターネット空間を走り回るデータの渦だ。しかし、これらのどのレベルで観察してみても、それは生命という複雑な現象の一断面を見たにすぎない。

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